お侍様 小劇場 extra

   “お布団、ぱたぱた” 〜寵猫抄より


一頃は、ただただ叩いて叩いて埃を出すというのが、
その干し方の主流だったのですけれど。
近年は…素材にいろいろなものが増えたのと、
家庭生活への研究が様々に進んだせいもあり。
それだと中綿をちぎるだけだとか、
羽毛の布団は陰干しのほうがいいとか。
ダニは陰になる内側へ逃げるので、どんなに叩いたって意味がない。
花粉が降りそそぐ関係もあるので、むしろ掃除機で吸った方が効果は上だとか。

  布団の干し方も、時代によって随分と解釈が変わって来たもんで。

こちらのお家でも、まめな敏腕秘書殿が、
布団も上掛けも湿気る前にと小まめに干しておいでではあるのだが。

 「みゃあ、にゃ、みゅあっ」
 「ああほら、久蔵。踏んでしまうから足元に来ない。」

両手ふさがりの身なもんで、
しかも大きなブツで塞がれているので、足元廻りへの視界も相当に悪くって。
それでというお声掛けなのだが、
仔猫さんは仔猫さんで、ただ単に甘えて寄って来ている訳じゃあない。
前へ回ったり後から追ったりと、
七郎次おっ母様の周辺へ、
せわしくもちょこまかと まとわりついているのは、あのね?
遊んで遊んでとせがんでのことじゃあなくってね?

 「ほれ、久蔵。よさないか。」
 「みゃあ〜〜〜。」

リビングへの入り口へ通りかかって見かねた勘兵衛が、
そのまま大股ですたすたと歩み寄って来、
高い上背のその身をかがめると、
大きな手でもって掬い上げるようにと、仔猫を軽々抱え上げてしまったのも。
危なっかしかったからというのともう1つ、

 「妨害しても無駄だぞ?」

仔猫様の行動の真意に気づいていたからに他ならず。
幼い坊やの真っ赤で真ん丸な双眸を、
結構な間近から真っ直ぐに見遣ってのこと、

 「シチがきれい好きなのは知っておろう。」
 「みゅう。」
 「コタツの布団もな、天気のいいときくらいは、干さねばな。」
 「…にゅう。」

そう。今日の上々なお天気に、
よしっと腕まくりしつつの勢いつけて、
七郎次さんが引きはがしたのは。
大人二人が使っている寝具一式と、仔猫さんの猫ベッドの中敷きと、
それからそれから、

 リビングにまだ出ているやぐら炬燵の掛け布団

下手すりゃあ寝る時間よりも長いこと、人と接している存在ゆえに。
見た目は綺麗であったとて、汗やら何やら吸ってもいようし、
お膝へこぼした何やかやを、
キルティングの縫い目の隙間なんぞへ溜めてもいよう。
洗ってしまうと乾かすのが難儀なので、今日はそこまではしなかったものの、

 「今年はずんと長いこと、出しておりますよねぇ。」

庭から上がってくると、すぐにも掃除機を引っ張って来て、
下敷きにしていたラグや周辺を吸って回った七郎次としては。
出来ればそろそろ、蔵の方へと仕舞いたいのが本音。
真冬に比べればスイッチを入れる機会も随分と減ったが、
それでもいまだに、でんと腰を据えておいでのコタツ様であり。
というのも、この春がいつまでも名ばかりの“春”であったから。
GWあたりには夏日にまで気温が上がったこともあったれど、
そのすぐ直後に、とんでもなく寒い日がやって来て、
関東どころか九州の太平洋側、暖かい筈な地方でも、
作物に霜が降りたような朝があったりと。
いつまでもいつまでも、冬場の防寒具が片付かないままなのに、
暦はもう五月も末へと差しかかりかけている恐ろしさよ。

 “そういえば、勘兵衛様がいつぞや。”

片付けられないまま梅雨寒を乗り越えて、
真夏が来るまで仕舞えないなんてことにも成りかねぬぞと。
炬燵へ懐きまくりな仔猫に渋いお顔をした七郎次へと、
そんな言いようをされたことがあり。
そのときは冗談めかして言ったのだろが、
何とまあ、仰せのその通りになりそうな流れなのが皮肉なもの。
とはいうものの、

 「……みゅう。」

物干し場の方を見遣ったならば、
青々とした芝草の上、
物干し竿へと二つ折の格好で干されて下がった大布団を、
そのすぐ傍らへまで足を運んでっての、
微動だにせず じいっと見上げる久蔵の横顔がまた。
重篤な身の上となって引き離されたお身内を、
せめて見守っていたいと寄り添うような、
どこか悲壮な覚悟まで漂わせているように見えるのは、

 「……私が無理強いしたのがいけないのでしょうか。」

どうしましょうか、今から貰い泣きしそうです…と、
執筆中の看板代わり、
縁の細いメガネに髪はうなじで束ねてという恰好の勘兵衛へ、
か細い声で訊く七郎次なのへと、

 「そのように身につまされておるのは、お主の側の心の問題だろうに。」

今からそんなでは、仕舞うときなぞ昨年の比ではない大騒ぎと成りかねぬぞ?
そんな恐ろしいことを付け足しての口にする惣領様だったりし。
可愛がってやまぬ仔猫の落胆は何よりも胸に痛いくせに、

 「所謂、万年床扱いにするつもりはないのだろう?」

訊かれて滅相もないと即座にかぶりを振ったのも本心で。
さりとて、

 「ああまで見入っているなんて。」

リビングから観りゃ丁度小さな背中だけが見えていて。
ついつい布団を干したくなるような、
そりゃあぽかぽかしたいいお日和だってのに。
渋い色合いの大布団を宙に干したそこだけは、
少しほど上向いた小さな金髪頭を乗っけた、
やはり小さな背中が佇む様子からは。
小さいなりの限りない哀愁が感じられ、
微妙に愁嘆場めいて見えなくもなくて。

 「クリスマスツリーでもこいのぼりでも、
  七夕の笹かざりでも、
  あすこまで見入ってはなかったように思うのですが。」

 「そこまで極端なこともなかろうて。」

久蔵のあの大仰さはもしやして、
他でもない七郎次の“惚れてまうやろ”を間近で見過ぎた余波かも知れぬ。
青玻璃の双眸をすでにうるうると潤ませている恋女房さんの、
困った性癖につつかれてのこと、ついつい浮かぶ苦笑の発作を、
口許たわませることで誤魔化しながら、

 “これはやはり、カンナ村への救援の手紙を書くしかないかの。”

黒猫さんの方とは意志の疎通も難しかろから、
向こうの素直なお兄さん猫にお越しいただき、
説得か 若しくは気散じに、協力いただくしかあるまいと。
こちらはこちらで、七郎次へと甘い壮年殿。
そんな算段を構えつつ、陽だまりの小さな背中を女房殿と同じように眺めやる。
夏は夏で、暑い暑いとくったりする仔猫さんだったのにね。
何で皆様、そこを思い出さぬのかと、
時折 強めに吹く風が、
出揃いつつある木蓮の若葉を揺らして翔った、皐月の朝一景。




   〜Fine〜  2010.05.25.


  *炬燵がすきすきの仔猫様。
   きっとまだまだ“仕舞わせません”と、
   孤軍奮闘、頑張っておいでかと思いまして。
(笑)

  *追記 Sugar Kingdom」の露原藍羽さんが
   ご自身のサイトにて続編を書いてくださっております。
   キュウゾウお兄ちゃんがカッコ可愛いです、
   ありがとうございました。( ほれてまうやろ〜〜〜〜っっ!! )

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